50人以上の事業所では、「産業医」に従業員の健康管理をお願いする必要があります。
その産業医の仕事の一つに、「長時間労働者への医師による面接指導」というものがあります。
制度化されているとはいえ、有効に利用できている労働者は少ない気がします。
統計レポートによると、仕事で強い不安やストレスを感じている労働者の方で産業医に相談した割合は10%以下でした。
そもそも、産業医とは何ぞ?という人がほとんどだと思います。
産業医を有効にご利用いただくためにも、長時間労働者に対して産業医がどのように面接するのか具体例を示しながら説明します。
どのようにして産業医と面談できるのか?については、過去記事を参照ください。
それでは、早速説明していきましょう。
医師による面接指導制度の趣旨
実は、制度化されていて、対応できていない事業所は罰則規定もあります。
長時間の労働により疲労が蓄積し健康障害発症のリスクが高まった労働者について、面接することでその健康の状況を把握します。
その結果に応じて本人に対する指導を行うとともに、その結果を踏まえた事業者にアドバイスすることで措置を講じて対応します。
面接指導といっても、上から目線で「あなたはこうしなさい!」と指導することはありません。
面接指導という名称が、ハードルを上げている気がします。
問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて必要な指導を行うことをいいます。
「仕事量が多すぎるので、休暇を取得したほうがよい」
「精神的に強い不調に陥っているので、精神科や心療内科の受診を勧める」
など、改善策を一緒に考えるというスタンスになります。
では、なぜ面談をする必要があるのでしょうか?
面接指導制度の概要
その医学的知見を踏まえ、脳・心臓疾患の発症を予防するため、長時間にわたる労働により疲労の蓄積した労働者に対し、事業者は医師による面接指導を行わなければならないこととされています。
事業者は、その医師の意見を勘案して、必要と認める場合は適切な措置を実施しなければなりません。
特にメンタルヘルス不調に関して、面接指導の結果、労働者に対し不利益な取扱いをしてはならないことに留意しなければなりません。
厚生労働省より以下のように事業者に通達されています。
これを守れなければ、企業名を公表されてしまいます。
非常に大きなイメージダウンにつながりますので、事業者としては必ず真摯に対応しなくてはいけないです。
では、早速具体的なケースを紹介していきましょう。
長時間労働によるメンタルヘルス不調のケース
40代女性
役職:公的機関の管理職
状況:毎年、新人が多く配属される部署の管理職をしている。新人教育を行いながら、管理職業務が負担となり、連日22時を超える残業をこなさないと仕事がうまく回らない状況である。残業時間は6か月連続で月60時間以上、直近1か月は100時間を超え、6か月平均でも月80時間の長時間となっている。
仕事で精神的にやむ傾向が強くなるのは、ご紹介しているケースのように、後輩や部下の教育をしながらノルマをこなさないといけないというプレッシャーがある中間管理職にあたる人だと思います。
ノルマをこなさないと上司からのプレッシャーが強くなりますし、チーム全体の業務が転することで各所に迷惑をかけてしまうという気持ちが強くなります。
プレッシャーにさいなまれながらも、チームにあてがわれた新人を教育しないといけない状況です。新人を教育して働ける状況にしないと、一向に自分の仕事が減りません。
しかし、現代は、新人や後輩に厳しくすると受け取られ方によっては、「パワハラ」になってしまいます。
医者の世界でも「怒ってはいけない」状況に
医者の世界でも同じような状況になってきています。
明らかに後輩の不注意や注意散漫で検査中に患者さんが死にかけた事例がありました。
私は検査室の外のモニターで中の様子を見ていたのですが、術者のミスからあっという間に患者さんが急変。
心肺停止に…。
慌てて私も救命処置に参加し何とか一命をとりとめたのですが、検査は中止し集中治療室へ搬送し経過を見守ることになりました。
患者さんやご家族に説明しないといけませんが、事故を起こした当の本人が見当たりません。
なんと、バイトに出て行ってしまっていました(唖然)。
仕方なく、居合わせた私が患者さんやそのご家族に経緯を説明し謝罪しました。
統括する上司は、「あいつに言っても仕方ない」の一言で、なぜそうなったのか、防げなかったのか検証することもなくうやむやにして終わりました。
おそらく、自分の管理責任を問われたくなかっただけだと思います。
一昔前なら、ぶん殴られるくらいの指導があってもおかしくないレベルの事故ですし、その後にバイトにいってしまったので、クビになっても当然と思います。
でも、なんら咎められることもなく過ぎ去っていきました。
怒り方も注意の仕方も、上司としてどのように対応すべきか思考停止し考えることもしなくなった末路だと思います。
まぁ、大学病院で実際に起こったお話ですけどね。いずれ記事にしたいとは思っています。
「大学病院」というブランドで大学病院を受診したがる患者さんもいると思いますが、大学病院は患者のわりに医者の数が多すぎて技術も精神も未熟な医師が少なくないところもあります。
医師の世界はどこも、若手を怒って指導することは「禁忌(=絶対にやってはいけないこと)」という風潮になっています。
ぬくぬくと育って「俺はできる」と勘違いしている医者が増えそうで怖いのですが、時代の流れで仕方ないですね。
いずれにせよ、時代の流れに逆らうことはできないので、うまく対応していくしかないですね。
疲労蓄積度チェックリスト
このケースは、長時間労働が持続していることや月100時間を超えたことから、事業者から本人に疲労蓄積度チェックリストを渡され産業医面接を推奨されました。
疲労蓄積度チェックリストや産業医とどうやって面接できるかについては、過去記事を参照ください
事業者側からチェックリストを渡したり、産業医面談を勧めてくるのは法律上当たり前とはいえ、優良企業ではないかと思います。
中には、そのようなことをせずに放置しているブラック企業もあるでしょう。
この方のチェックリストは、自覚症状も勤務の状況も自己評価では極限の状態となっており、総合判定では負担度が最大値の7となっていました。
担当する人事から産業医の私に連絡があり、本人と面接となりました。
長時間労働面接指導
面接指導には、衛生委員会担当の社員が立ち会う場合もありますし、保健師が立ち会う場合もあります。
また、立ち合いなしで、産業医と1対1の場合もあります。
ここは企業によって異なります。
今回のケースは保健師さんと3者で面接を行うこととなりました。
まず、チェックリストに基づき、状況の確認を行います。
☑️ 労働時間の確認:直近6か月の超過勤務の時間など
☑️ 精神状態の確認:うつ症状の有無、不眠の状況、仕事に対する精神的な負担など
☑️ 勤務状況の確認:残業が多いと感じているか、休憩が取れているかなど
☑️ 身体的な不調の有無:眩暈、しびれ、嘔気、ふるえなど
を確認してから個々の状況の詳細をうかがっていきます。
このケースでは、新人教育に加えて、期限付きのノルマをこなさないといけないことから毎日22時を超える超過勤務が持続していました。
その結果、精神的に不調となり、うつ症状が垣間見える状態となってしまっていました。
「自分は価値のない人間です。仕事もできないから長時間労働となってるんです。」
「自分のせいで、新人が育っていません。」
「耳鳴りや眩暈がしますけど、病院に行く時間がないんです。」
「子供の面倒を見る時間がなく、ほったらかしになっています。」
お話を伺い、非常に危ない状況と判断しました。
すぐに病院受診をお勧めするとともに、事業者と今後の対応(事後措置)を検討し、残業禁止や休暇の取得を提案しました。
事業者も理解があり、すぐに対応していただけました。
問題点
どこの企業も慢性的な人員不足です。
一人が職場を離れてしまうと、残された人たちに負担がかかります。
結果として、残された人が長時間労働を強いられることとなり、負の連鎖が続いていくことが考えられます。
原因は明らかで、
産業医をしていて、超過勤務が常態化している企業はすべてこれがあてはまります。
だからと言って、仕事量を減らすために受注量を減らしたり、納品期間を延ばしたり、すぐに人員を補充したりすることは簡単ではありませんし、現実的に不可能なケースが多いです。
この点は、産業医の力が及ばないところなので歯がゆい点ではありますが、今後の労働環境を取り巻く諸制度の行方を見守るしかありません。
国レベルで「長時間労働が○○時間を超えている割合が●%を超えると罰則」などの規定ができない限り、長時間労働は継続していくでしょう。
医師の働き方改革
医師も大きな働き方改革の真っただ中にあります。
2024年4月から年の残業時間に制限が加わります。
標準は年960時間以下、特別な場合(人手不足や技術習得時期)は年1860時間以下とする..ということになります。
休みなく毎日30日働いたと仮定して5時間の残業までなら可ということになります。
最初にこれを聞いたとき、働き方改革と言いながら狂っていると笑ったのを覚えています。
でも、いま改めて調べなおしても、「狂ってるなぁ」と思います。
まあ、いままでは無法地帯でしたから少し進歩した感じです。
まとめ
✅ 長時間労働は産業医との面談の対象となる。
✅ 長時間労働を強いられている労働者は、遠慮することなく産業医になんでも話したほうが良い。
✅ 医師と面談をすることで事業者がなんらかの対策を検討してくれることが多い。
✅ こころが極限まで働くほど、自分を追い込む必要はない。
これは派遣社員の方ももちろん対象となります。
派遣労働者への面接指導は、派遣元事業者に実施義務が課せられます。
あまり知られていない産業医ですが、医師という立場から事業者へアドバイスできる権限があるので労働者は積極的に相談していきましょう!
最後までお読みいただきありがとうございました。
少しでもお役に立てれば幸いです。
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