シリーズ「その3」です。
長男は入院した上に、今度は次男が発病…仕事から一刻も早く帰って次男を病院に連れていきたかったのですが…
前回の記事では、夕方の外来受付終了直前に40代の女性が来院されたところまで書きました。
前回までの経過は過去記事をぜひご覧ください。
当時、どうすればいいのか、自分の子供を優先したい気持ちと葛藤しながら患者の診察に当たっていました。
「その様子」と「それから」を書きます。
問診票には「膀胱炎」と書いてあったが
初診の問診票を記載いただき、「ネットで調べて膀胱炎か腎盂腎炎だと思う。」とコメントが記載されていました。
膀胱炎は尿道から菌が侵入し膀胱で炎症を起こします。膀胱からさらに尿管を辿って腎臓に菌が侵入してしまう病気を腎盂腎炎と言います。
膀胱炎だと大したことはないのですが、腎盂腎炎だと最悪の場合、重症化することもあるのでCTで腎盂腎炎を疑う所見がないか確かめるために診察前にCTをオーダーしました。
CTだと腎臓に炎症があるかないかある程度わかりますし、まず重症かそうじゃないのか、つまりは入院させないとダメなレベルか帰宅させて良いレベルなのか判断がつきやすいのです。
本当は、患者を診察してからCTとか採血とか尿検査をオーダーしないといけないのですが、
診察してからいろいろ検査をオーダーして吟味する時間さえ省略したくて基本から外れていましたが気持ちに余裕はありませんでした。さらには、採血や尿検査よりもCTが手っ取り早く結果がでます。
「腎盂腎炎さえ除外すればいいね。じゃあ、まずCT撮ってきてください。それからすぐ診察しますね。」と看護師さんに伝え結果を待ちます。
看護師さんも私の事情がわかっているのでテキパキ動いてくれます。その看護師さんとは長い間一緒に働いてきてるので信頼関係は築けています。
数分でCTの画像が電子カルテに飛んできました。
腎臓はすごく綺麗で全然問題はありませんでした。
しかし、おかしな所見がありました。
腎臓にフォーカスを当てるCTは腹部CTといって腎臓、肝臓といった腹部臓器をターゲットとするCTなのですが、肺の下部がわずかに撮影されます。その肺に異常を認めます。
肺の血管が拡張し、いわゆる心不全の初期に見られるような所見を認めました。
心不全とは、心臓になんらかの異常があり体にうまく血液を送り出すことができなくなって生じる、かなりヤバイ状態のことを言います。
過去記事で心不全のことを解説しています。ぜひ参考にしてみてください。
まさかの心不全。原因は?
「肺の血管が拡張している…胸水はないけど、まさか心不全じゃないよね?」
CTを撮影してくれた放射線技師さんと一緒に見ていたのですが、その放射線技師さんも同じ意見でした。
「ついでに胸部CTも撮りましょう」
すぐに胸部CTを撮ると、肺の血管は拡張し「うっ血性心不全」を疑うような所見を呈していました。
「うっ血性心不全」とは、心臓がうまく機能しなくなり、血液が鬱滞(うったい)することで酸素を供給する肺が血液で溢れかえり酸素を供給できなくなることを言います。
「うっ血性心不全」になると、肺が血液で水浸しになるので「陸にいながら溺れている」ような感覚になり、患者さんはめちゃくちゃ息苦しいです。洗面器に顔を押し付けられているような感じでしょうか。
さらにCTでは、心臓の周囲にうっすら心嚢水が溜まっています。「心嚢水(しんのうすい)」とは、なんらかの原因で心臓の周囲にお水が溜まることを言います。
新型コロナウイルスやコロナワクチンの副反応で起こりうると話題になった「心筋炎」です。
「心筋炎」とは、主にウイルスなどの影響で心臓の筋肉に炎症を起こす病気です。抗がん剤や菌が原因のときもあります。
ほとんどの心筋炎は軽症で様子観察や抗炎症薬などで良くなりますが、ごく稀に劇症化するケースがあります。
「劇症化」するとは、心臓が炎症でへばってしまい、身体中に血液を送り出すことができず、生命を維持することが不可能になることを言います。
以前に、劇症型心筋炎の悲惨な経過を見てきたことがあるので、このとき「ピン」ときました。
患者さんは、顔面蒼白、喋るのもやっとなほど「はぁはぁ」言っています。脈は早いが弱いです。血圧は上が70mmHg前後。もうショック状態です。
心電図を撮ると心筋炎を示唆する所見(wide QRS tachycardia)。
心エコーをすると心臓はほとんど収縮していない状態でした。
と心の中で確信しました。
こんな状況で劇症型心筋症に出会うのか…
劇症型心筋症に初回からタッチできるのは稀です。劇症型心筋炎は、大きな基幹病院でも1年で1名みるかみないかというレベルです。
そして、劇症型心筋炎の死亡率は、20~60%と非常に高いです。
救命するには、さまざまな設備や人手が要ります。
具体的には、集中治療室はもちろん、コロナで有名になった「ECMO」と呼ばれる心肺補助装置が必要になる場合があります。
また、「ECMO」で救命不可能と判断される場合は、LVADと呼ばれる人工心臓が必要になります。
LVADは手術により心臓に管を使って体外のポンプにつなぎます。このポンプが心臓の役割を果たします。
ちなみに「ECMO」もめちゃくちゃ大変です。
管理にはものすごい労力が必要です。看護師が常につきっきりで看護、ME(Medical Engineer)がECMOの管理を絶えず行う。医師は全体を把握し薬の調整をこまめにおこなうなどです。
ECMOを装着すると感染にも弱いです。医師のなかでも「ECMOって大変なの?」って知らない人たちもいるくらいです。
今いる病院は集中治療室やECMOがないため、設備が整っている病院に搬送しなければなりません。
心の中でめちゃくちゃ葛藤していました。
一番近い総合病院は、車で15分程度のところにあり、LVADはありませんがECMOがあります。しかも私が知っている医師も多数います。紹介しやすいところです。
と、私の心の中の悪い声が聞こえます。
劇症型心筋症は最悪でもECMOまでの治療が主でしたが、さらに状況が悪くなればLVADが必要になるケースもあります。
しかし、この病院から搬送できる範囲で、LVADまで設備が整っている病院は私が勤務している大学病院しかありませんでした。大学病院までは車で40分くらい、救急車だと30分くらいでしょうか。
正直なところ、次男がめちゃくちゃ気になっていました。閉院間際の18:30に来院、ここまでに19時になっていました。
「もう大学病院じゃなくて、近くの基幹病院に搬送したらいいよね」
「大学病院に搬送すると、間違いなく次男を病院に連れて行けない」
「大学病院に送ってしまうと自分が主治医になる可能性すらある…」
心の中の悪い声が囁きます。
このような重症ケースの主治医になると、「つきっきり」になります。「つきっきり」とは、文字通り、ずっとそばにいて治療にあたるということです。
夜中も帰らずに治療にあたることすらあり得ます。以前にもこのような重症患者さんの治療に当たった時に、3日間連続で寝泊まりしたこともありました。脳裏にそれがよぎります。
「いまの家庭環境じゃとても無理」
大学病院ではなく、近くの基幹病院に電話をしようとしました。
しかし、気配を感じ廊下の方をみると、中学生くらいの男の子と小学生くらいの女の子が心配そうにこちらを見ています。そうです、この患者さんのお子さんたちでした。
作り話のように思うかもしれませんが、全部実際に起こった話です。いや、本当にです。
結局
結局、近くの基幹病院への電話はやめて、大学病院に電話しました。
私「CCU(集中治療室)担当の先生につないでください」
先輩医師「おう、どうした?」
私「〇〇先生…40台女性の劇症型心筋炎です。」
それだけで通じます。
先輩医師「わかった。どれくらいかかる?」
私「救急車飛ばしてもらうんで、30分かからないと思います。」
先輩医師「わかった。状態は?」
私「ショックバイタルです。イノバンとドブをマックスで血圧70位です。」
*イノバンとドブは注射の薬で、弱っている心臓を元気づけ血圧を上げるお薬です。
先輩医師「やべぇな」
私「やばいっす。ECMOが必要かもです。」
先輩医師「わかった、準備しとく。気をつけて。」
私「はい」
看護師さんに救急車の手配をお願いし、私はお子さんたちに説明します。
「お母さんは、ちょっとしんどい状況でいまから大学病院という大きな病院で治療しなきゃいけないの。でも、大丈夫。助かるから。お父さんの連絡先わかるかな?」
こうは伝えるものの、子供さんも察しています。尋常じゃないと。でも、不安を煽るようなことは言わず極力落ち着いてお話しします。
夫には電話で事情を包み隠さず説明します。劇症型心筋炎という病気で一刻も争う状況だと。大学病院に搬送しないと助からない可能性が高い。大学病院で治療しても助からないケースがあると。
夫にお子さんたちを迎えにきていただいてから、大学病院に来てもらうようにお伝えしたところで救急車が向かってくる音が聞こえました。
次男の様子が気になりつつも
「あ、やべ…」
もう19時30分を回っていました。すぐに、次男を看病してくれている妻の母に電話します。
「いま、次男はどんな様子ですか?」
「かなりぐったりしていて、熱も39度と高いのよ。ただ、寝るとしんどいみたいで全然横になれないほど苦しそうよ。」
電話の遠くで「ゴホゴホ」と咳と泣き声が聞こえます。まだ1歳なので喋れません。
「すみません、かなりの重症が来てしまってすぐには帰れそうにないんです…」
「えっ?」
「すみません、終わったらすぐに帰りますので…」
「わかりました。気をつけて終わったら戻ってきてください」
妻の母にも申し訳なかったですが、何より次男に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
当直の医師は循環器内科ではないので頼むこともできません。
自分の子供とアカの他人をトリアージ(どちらが重症か判断すること)して、アカの他人を優先するバカ親は世の中どれくらいいるんだろうか。
そんなことを考える間も無く、救急車が到着し、患者さんと一緒に救急車に乗り込み大学に向かいました。
いろんな薬をつかってもショック状態でしたので、道中なにかあった時に対応できるよう私も救急車で同伴する必要がありました。
もうこの時には、家にかえれるのは日付が変わってからだろうと薄々感じていました。
(つづく)
書いていると思った以上に熱が入ってしまい、随分と長くなってしまいました。
このような長文駄文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
👇このつづきは次に記載いたします。
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