過酷な勤務実態「大学病院で働くということ」その2

前回からのつづきで、私が大学病院時代に経験した、家族を選ぶか、患者を選ぶかという究極の選択を迫られた時の話をしたいと思います。

 

前編を書いた前回ののブログはこちらです。

あわせて読みたい
過酷な勤務実態「大学病院で働くということ」その1 実際に私が大学病院時代に経験した、家族を選ぶか、患者を選ぶかという究極の選択を迫られた時の話をします。     ぽりぽり どんな職業であれ、仕事をしていると、...
 
 
ぽりぽり
「その1」では、大学病院で働く下っ端医師の環境を書いています。

 

その2以降では、具体的にどのようなことが起こったのか書いていきたいと思います。

ドラマみたいなことってリアルでも起こるんだなってこの時は疲れ果てた心の中で思っていました。

 
この記事がおすすめな人
👉 医師の勤務実態をしりたい人
👉 医師を目指している人
👉 大学病院ってどんなところか興味がある人
👉 なんとなく医師という職業に興味がある人

 

目次

子供の入院

 
ぽりぽり
当時の私には、4歳と1歳の子供が二人いました。

 

呼吸器系が二人とも弱く、長男が3歳、次男が0歳5ヶ月の時に二人とも同時に肺炎になり約一週間入院になりました。当時の一年前という意味です。

 

 
ぽりぽり
子供が入院するのって大変で、たかが肺炎といえど親子ともども疲弊仕切りました

 

1回目の入院について

まず、長男3歳次男0歳5ヶ月のときに肺炎で入院した際の状況を書きます。

 

まず次男が風邪ひいていたのですが、だんだん様子がおかしくなります。

高熱、尋常じゃない咳、とまらない鼻汁で夜も寝られない状況でした。もちろん近くのクリニックに行っていましたが全く改善しませんので、入院できる病院へ紹介されました。

 

結果は、RSウイルスによる肺炎でレントゲン写真では右肺に肺炎像がありました。

体の酸素量を表す酸素飽和度は80台とかなり低下していました。

 

血液中にどれくらいの酸素が含まれているかを示す値。

酸素飽和度の正常値は96から99%。

90%を切ると呼吸不全と言われる。マスクなどで人工的に酸素を与えないとかなり苦しい状態。
 
 
ぽりぽり
酸素飽和度は、新型コロナウイルスで有名になりました。パルスオキシメータという指先で測定できる機械も有名になりましたね。
 
このような機械はどこかでみたことがある方も多いと思います。
 
 
ぽりぽり
次男は入院時は、酸素飽和度が80台まで低下していました。

 

そりゃ苦しかったろうと1歳にも満たない息子が非常にかわいそうでした。

即入院となったのですが、子供の入院の場合、親がずっと付き添わないといけません。私は仕事もあるので、妻が付き添うことになりました。妻は主婦です。

 

3歳の長男をどうするか…預けるところが私の両親しかいませんでした。こういう時、本当に困ります。もし、両親が近くに住んでいなかったら預けるところがなく詰んでしまいます。仕事を休む事はできないので、一時的にも預かってくれるところもすぐには見つからないし…。

 

 
ぽりぽり
特に大学病院勤務はこういう場合は非常に弱いです。

 

「その1」にも書きましたが、非常勤だったり雇用されていないという形ですので、こういうケースを相談するところがありません。

上司に相談しても解決するわけではないのです。システムが崩壊というか、そもそも存在しないので

 

一般的な病院で常勤勤務であれば、そこが経営する保育所に一時的に預かってもらえたりするんですが、そんなシステムなんてないですし、あったとしても案内すらされません。

良いのか悪いのか、医者なんだから自分でなんとかしろ」的な雰囲気はありますよね

 

さらには、生活費をバイトで賄っているのでバイトを休むとその分給与が減ります

入院代がかかるのでかなりのマイナスになっちゃいます。しかも、バイトを休むとなると代行を立てる必要があります

病院ですので患者さんはこちらの事情に関係なく来院されます。バイトとはいえ医師が不在となると病院が機能しませんので、休む時は代行の医師を立てないといけないのです。急な場合は、まず代行をたてることはできないので、その点もバイトとはいえ仕事を休めないのです。

 

とにかく、その時は私の両親の実家に3歳の長男を預けて、私は仕事、妻は子供の付き添いで病院に缶詰という生活が始まりました。

 

続いて長男が倒れる

2日後に両親から「長男の様子がおかしい」と連絡がありました。

 

そうです、長男も肺炎になっていたのです

そもそも実家に預ける時には、おそらくしんどかったのだと思いますが気づきませんでした。慣れない環境で気丈に振る舞っていたようですが、限界がきたようで、次男と同じような症状が出現しました。

 

迎えに行くと、発熱、尋常ではない咳、鼻汁で次男と同じ症状でした。次男が入院している病院に連れていき、レントゲンを撮ってもらうと明確な肺炎像を認め即入院となりました

 

ここで新たな問題が生じます

 

入院する病院の決まりで、

一人の子供につき一人の親が付き添わなければならない

という問題です。

 

病院にお願いして、二つのベッドが入る個室に子供二人を入院させていただき、昼間は妻が子供二人の付き添い、私は仕事。夜は次男と妻が一つのベッドで、長男と私が一つのベッドで添い寝することになりました。

 

 
ぽりぽり
妻はずっと病院に缶詰、一歩もでれません。私は昼間は仕事で病院、夜は長男の添い寝で病院という生活が始まりました。

 

長男も次男も、酸素飽和度(SpO2)が80%台だったため常にモニターと酸素投与が行われました

子供は酸素マスクが付けられないので、酸素投与はホースを口元にもっていって吸わせていました。しかし、ちょっとでもホースがづれると酸素が吸えなくなり、酸素飽和度が下がりアラームがなります。寝れません。

 

主治医の先生から酸素飽和度が安定するまで退院はできないと言われていたので、入院している間はモニターのアラームがめちゃくちゃトラウマになるほど嫌いになりました。

 

連日点滴と酸素投与などしていてだき一週間くらいで元気に回復してきました。ただ酸素飽和度が93%くらいと低めだったのでなかなか退院許可がおりません。

 

子供は元気、親はくたくたという状況になってきて、「自己責任で構いませんので退院させてください。外来には必ずきますので。」と担当の先生にお願いして退院させていただきました。

 

さすがに入院生活10日経過すると限界でした。

 

 
ぽりぽり
お子さんの難病や慢性疾患で常に病院で付き添いしている親御さんの気持ちが少しでもわかった気がします

 

なんとか退院し、その後は幸い悪化することなく経過しました。

 

また入院

 
ぽりぽり
1回目の入院から1年経過し、長男は4歳、次男は1歳になりました。

 

悲劇はまた訪れます。

 

あるとき長男が風邪をひきます。近くのお医者さんにいっても改善はしません。

 

土曜日でした。もう高熱、尋常ではない咳、鼻汁…デジャブです。

土曜日の午後でクリニックは閉まっており、幸い、昨年入院した病院が午後の救急をしていましたので連れていきました。

 

対応していただいたのは、おそらく応援できている非常勤の50代くらいの小児科の先生でした。

 

一通り診察していただき風邪をこじらせただけかなということでカロナールなどで対症療法で様子を見るように言われました。

ただ、もう尋常じゃない咳してるので、私が医師であると身分を明かした上で、採血とレントゲンをお願いしました。

 

 
ぽりぽり
医師という免許が役立つ場面でした。

 

それでも、めちゃくちゃ渋られました。「ウイルスによる風邪だと思うよ」って言われたんですが、昨年の経緯もお話しし、数日前にクリニックに通っても良くならないので、せめてレントゲンだけでも撮ってほしいと懇願し撮っていただく了承を得ました。採血はめんどくさかったんだと思います。子供の採血って大変ですし。

 

レントゲン撮影後、再び診察室に呼ばれると、かなり神妙な面持ちで「肺炎です」って言われました。常勤の医師も同席しており「すぐに採血と入院の準備が必要です」となりました。

 

「だから、言ったでしょ?診療能力が低いんじゃないの?」って心の中で思いながらも、「ありがとうございます。」とだけ言い、入院となりました。

 

採血では、白血球数が20,000近く上がっておりCRPも10を超えていました

どちらも炎症反応とよばれる数値ですが、一般的にウイルス感染であるとこれらの数値は上がりません。細菌性肺炎が疑われ、調べると「溶連菌感染」と判明し抗菌薬投与が必要でした。ここまで悪化すると、昨年より緊張感が高まります。SpO2も80台前半で改善なければ、挿管が必要かもとも言われました。「挿管」というのは、口から管を入れて強制的に酸素投与を行うことです。挿管だけは勘弁してほしいと非常に恐れていました。

 

Canvaより

挿管ってこれです。されたくないですよね。ましてや、子供は。

 

入院が決まり、例のごとく、長男の付き添いで妻が病院に缶詰となりました。2年連続で病院から一歩もでれないので非常にしんどかったと思います。

 

次男をどうするか?

そして、1歳の次男をどうするか問題が生じました。

 

1歳の子供を離れた実家に預けるのは難しいと考え、今回は妻の母に来てもらうことにしました。

私と妻の母と次男での生活です。

 

ある木曜日のバイト先で事件は起こります

 

 
ぽりぽり
1回目の入院から1年経過し、長男は4歳、次男は1歳になりました。

 

その日は木曜日だったので、大学での勤務ではなくバイト先での1日勤務でした。毎週木曜日は家から車で40分ほどの病院でバイトしていました。

 

朝9時から外来が始まり、夕方の外来は18:30までです。

 

その日もいつも通り9時から外来勤務が始まり12時でお昼休憩となりました。

 

お昼休憩後は夕方の外来が始まるまで、病棟での回診や救急対応があれば手伝っていました。そこは、100床弱の小規模病院で入院患者さんもおられます。

 

お昼の業務が一息付き、16時からの外来が始まってしばらくすると妻の母から着信がありました。

「次男の様子がおかしい」

からできるだけ早く帰ってきてほしいとのことでした。

 

 
ぽりぽり
「うわぁ…まじか…」と思ったのを鮮明に覚えています。

 

すぐにでも駆けつけたかったのですが、夕方の外来で代わりになる医師はいませんでした。

幸い、長男が入院している病院の小児科は、その日は救急対応をしている日で20:00までに受診すればよいとのことで18:30にバイト外来が終わったらすぐに駆けつけて、次男を病院に連れて行こうと計算していました。

 

しかし、計算はうまくいきません

外来受付終了ぎりぎりに、一人の患者さんが来院されました。ちょうど18:30くらいでした。

 

40歳前半の女性です。

 

看護師さんに「先生、急いでるんだったら、当直の医師に引き継ぎますか?」と言ってもらいました。その時点で当直の医師が到着しており引き継ぐことも可能でした。

 

しかし、ルール上は、外来受付までに来られた患者は外来医師が診るということだったので、責任感も多少働き「私が診ます」と答えてしまいます

診ると決めた理由はもう一つあって、患者さんが書いた問診票に「膀胱炎の症状」と書いてあったのです。心の中で「膀胱炎なら楽勝」と思ったのが理由でもあります。膀胱炎は、基本的に抗菌薬を処方するだけで終わります。

 

だがしかし、まったく膀胱炎ではありませんでした

 

 
ぽりぽり
もう全然違いすぎて…今でも背筋が凍ります。

 

長くなりましたので、壮絶な続きは次のブログに記載します。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

👇つづきです。自分でいうのはおこがましいですが、ドラマのような展開でした。

あわせて読みたい
過酷な勤務実態「大学病院で働くということ」その3 シリーズ「その3」です。     ぽりぽり 大学病院というブラック企業で働きながら、子供の入院は非常にきつい状況でした。   長男は入院した上に、今度は次男...
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

総合内科専門医と循環器専門医資格をもつ精神科医の備忘録です。
①医療のこと(循環器、精神科領域中心)
②子供の受験のこと(小学6年生 浜学園 公文)
③投資のこと(米国中心の投資について)
④時短家電のこと
⑤論文のこと(論文の読み方、書き方など)

コメント

コメントする

目次